しょーがない!

最近ブログ書いてないなー。

よし、書こう。

いや、やっぱ止めとこう。

私はダメかもしれない。

いや、だめじゃない。

ただ、調子が悪いだけだ。

調子が悪いのだし、今日は止めるとくべきだ。

 

今日は寝よう。

寝るという決意。

そうだ、これは決意だ。

逃げじゃない。

明日の自分はきっと頑張る。

 

これは明日への投資だ。

信じることが投資の第一歩だ。

明日の自分を信じる。これが大事だ。

 

明日の自分の為にも、今日の自分は早めに退散しよう。

ふかふかのベッドが私を待っている。

おやすみなさい。

無職転生23話「目覚め、一歩、」感想前半~23話で描かれたもの~

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23話「目覚め、一歩、」を視聴しました。

「転生者である」ということに、ここまで丁寧に向き合った作品は、

後にも先にも『無職転生』だけでしょう。

こんな作品は滅多に無いですよ。

今回は、23話で描かれたものと今後について語ります。

次回は、23話までに描かれた、ルディーの変化を、

具体的なシーンを挙げながら説明しようと思います。

 

 

目次です→

 

公式サイト→

TVアニメ「無職転生 ~異世界行ったら本気だす」公式サイト

 

ネタバレなし感想

 

23話要約

それぞれのの「目覚め、一歩、」が描かれた。

みな、ルディーのおかげで一歩を踏み出せた。

ルディーを認め、感謝していた。

しかし、その声はルディーには届かない。

 

挫折して、「ユメ」の世界に浸るルディーは過去を回想する。

今まで、環境のせいで上手く行かなかったと考えていた。

しかし、前世には厳しさと同じくらい優しさがあったのではないか。

立ち直れなかったのは、自分のせいだったんじゃないか?

そんな自分が異世界に来ても、上手く行くはずがなかったのだ。

人はそうそう変われないのだ。自分は結局変われなかった。

だから、本気で生きることを諦めよう。

自己否定に陥るルディー。

 

ルディーは、記憶の中に深く深く潜っていく。

その過程で、母の夢を見る。

母の目から、ルディーが肯定されて、自己否定から脱却する。

自分のルーツを見つけて、強く自分を認識し、身体と精神が一体となる。

ルディーは「異世界」という「現実」で本気で生きる決心を固めて旅立つのであった。

 

 

OP

22話は喪失、23話は再生の物語であった。

優れた物語は、喪失と再生の両方を描く。

両方描かないと、嘘になる。

別の作品で申し訳ないが、

鋼の錬金術師』とかもそうだったと思う。

 

 

前回のOPでは、空が厚い雲に覆われていく所から始まった。

これから起こる喪失の物語を象徴しているかのようである。

今回のOPは、雲間から一筋の光が差し込む所から始まった。

これから起こる再生の物語を象徴しているかのようである。

対比的に描いている。

 

同じOPである。

にもかかわらず、印象が全く違うのが面白い。

 

 

23話OPでは、再生に奮起する村人達を描いた。

みな、汗をかいて必死に働いている。

汗がポタっと落ちる表現がある。

これは、第1話冒頭や第23話ラストに繋がる描写である。

滴が落ちるというのは、誕生、生きている証、身体性、立ち直ることなど

様々ことを表していると思う。

ノローグの変化とも、関わってくる。

詳しい説明は、「沈んでゆく。記憶を遡る。」という章で語る。

 

 

天幕の外側には「現実」を乗り越えようと、

「身体」を動かして必死に生きている人間たちがいた。

対して、天幕の内側は「ユメ」の世界のまま。

時間が止まったままである。

エリスの髪の毛は散乱したまま。

食べ物は手つかず。

杯はからっぽ。

「現実」に嫌気がさして、何も考えず、

腐っているルディーが映し出される。

 

天幕の隙間から、強い光が差し込んでいる。

寝転がりながら、隙間から外側を覗いていた。

外側にある「現実」は希望に満ち溢れ、活気が蘇りつつある。

しかし、ルディーは眩い光を避けるように、

光の当たらない暗闇に戻ってしまう。

ここで、OP終了。

 

 

濃いよなー。OP。

OPだけで永遠語れる。

 

 

止まった時計。止まった部屋。

引きこもってしまった原因が回想された。

声優さんの演技も相まって、物凄く辛い……。

 

 

引きこもった直後、両親が励ましに来た。

彼にとって、部屋の中は「現実」から唯一逃げれる、

自分のためだけの場所だった。

だから、他人が入ってこようとしたことに拒絶反応を示した。

両親が部屋に入ってくるのを拒絶し、時計を投げつける。

時計は、壁に当たった衝撃で壊れてしまう。

それ以来、前世の男の部屋は止まったままだ。

 

 

「時間」も「現実」は待ってくれない

時計が止まり、前世の男の部屋も止まってしまう。

しかし「時間」も「現実」も決して待ってくれない。

両親が死んで追い出されてから、やり直そうと思っても、

取り返しがつかないこともある。

 

 

OPでは、天幕の内側の時間が止まったという表現であった。

しかし「時間」も「現実」も決して待ってくれない。

「時間」が動き続け、「現実」の状況がコロコロ変わっていることが描写される。

果物は時間とともに腐り落ちていた。

アルフォンスにも、そろそろ働いてくれと言われてしまう。

ルディーは言葉や態度では反発している。

それは、心の中ではこのままじゃダメだと思っていることの裏返しである。

だから、自己否定に陥る訳である。

アルフォンスは、ルディーを停滞から救うために、発破をかけた。

「現実」と折り合いをつけて、自分から立ち直るように仕向けたのである。

 

アルフォンスに発破をかけられたおかげで、

ルディーは、天幕の隙間から差し込む光に戻る。

彼は過去を回想して葛藤する。

停滞していた時間が動き始める。

 

 

またこのシーンでは、部屋に入れず、どう接して良いか分からなかった両親と、

天幕の中に入って、ルディーと向き合ったアルフォンスという対比も興味深い。

 

 

沈んでゆく。記憶を遡る。

途中何度か、ぽこぽこと泡が出る描写があった。

泡の表現には色々な解釈があると思う。

思いついた解釈は大きく二つある。

 

 

一つ目は、心の内面に沈んでいったという解釈である。

彼は自身の記憶やトラウマと向き合う。

 

今回はそれぞれのキャラクターの「目覚め、一歩、」が描かれる。

描かれた順番に注目して欲しい。

 

エリス→ルイジェルド→

ザノバ→ギース→獣族の村人→魔族の少年→

ロキシー→(家族)→ゼニス

 

※家族だけちょっと、セオリーに合ってないかもしれないので()にしておいた。

 

キャラクターが、別れた順番と真逆に描写されている。

上手いなーと思った所である。

ルディーの記憶を辿るように、キャラクターが描写されている。

視聴者が記憶を辿っていくことで、

ルディーの内面に深く落ちて行く。

内面に落ちていくことで、ルディーの精神と身体の根源を探る。

記憶を通して、「ルーデウス・グレイラッド」という人間の根源を探る旅なのである。

その終着点には、母の愛があったというのも凄い良かった。

今まで、ルディーは基本的にはゼニスには無関心であった。

しかし、顔などの身体的特徴はよく似ている。

彼は根源を探ることで初めて、母という自分のルーツを見つける。

ゼニスを母親だと強く認識したのかもしれない。

また、この夢が母親視点であるのも良かった。

ルディー以外の視点で、ルディーの生を肯定してくれた。

そこから、自分の二度目の生を肯定できたかどうか分からないが、

心の内面から浮上して行き、「現実」と折り合いはつけられたようである。

 

 

二つ目は、母のお腹の中という解釈である。

彼は母を回想することで、折り合いをつける。

ノローグが前世の男からルディーに変わり、口調は僕から俺になる。

ノローグの声はルディーの身体と同じである。

口調は精神と同じである。

身体と精神は一体となったということだと思う。

そして、「ユメ」から「現実」に羽ばたく。

これは、ルディーにとって、二度目の誕生を意味する。

 

ここで、滴の表現についてまとめる。

ルディーが一歩を踏み出すシーンで、滴がポタっと落ちる描写がある。

第一話の冒頭も似たように水滴が落ちる描写がある。

死にかけた前世の男が、ゼニスが出産するときの声を聴くシーンである。

つまり、これは誕生を象徴するものである。

同時に、第一話における水滴は生と死のはざま、

つまり、喪失と再生を分かつものでもあった。

立ち直ったことの象徴でもある。

これは、23話OPの汗が滴り落ちる描写にも言えることである。

故郷を失ったが、何とか未来に向けて再生しようとする村人達を描いている。

同時に、この汗は「現実」に向き合って「身体」を使って、

必死に生きている村人を表している。

 

つまり、雫が落ちる描写は「生」や「身体」などの象徴でもある。

よって、23話ラストの滴が落ちる描写は、

立ち直ったことを示すと同時に、

精神と身体が一体となったルディーの二度目の誕生を示している。

 

よって、泡の表現はゼニスのお腹の中を表しているとも解釈できる。

母の夢の後に、たくさんの泡が溢れる。

ルディーがお腹から取り上げられ、再び誕生したことを象徴しているのかもしれない。

もしくは、母のお腹の中で優しく抱き留められていたルディーが呼吸をする、

つまり、母のお腹の中と言う優しい「ユメ」の世界ではなく、

外の「現実」で生きなければならないと考えたことを意味しているのかもしれない。

 

母のお腹から出るという表現は、大人になったということも示している。

母に守って貰うのではなく助けようと考えるのは、少年時代からの脱却を示す。

 

 

それぞれの「目覚め、一歩、」

それぞれの「目覚め、一歩、」が描かれた。

これを、ルディーに見せたいよ。

ルディーは、周りに助けられるばかりだと考えているのかもしれないが。

 

「見てごらんよ!君のおかげで一歩を踏み出せた人たちがこんなにいるんだよ!」

「転生者だろうが関係ないよ!」

「あなたの必死の行いを見て、評価し、信頼してくれているんだよ!」

「我々だって、あなたを応援しているよ!」

 

そうルディーに言ってやりたかった。

しかし、ルディーには届かない。

 

「周りは手を差し伸べていたのに、俺は踏み出せなかった。」

「俺がこうなったのは俺のせいだ。」

自己評価が低く、卑屈になってしまっている。

私の声はルディーには届かない。悲しい……。

 

 

繋ぎが自然

それぞれの「目覚め、一歩、」を描く時の繋ぎが自然だった。

それぞれのキャラクターを描写する。

同時に、ルディーは記憶を辿り、内面に落ちて行くことも描写する。

複雑なお話を自然に見せている。見やすい。

脚本力のなせる業である。23話は原作者が脚本を担当していた。

原作も滅茶苦茶読みやすい。

原作者はお話を整理する能力が高いのかなーと思う。

 

 

また、アニメ制作陣も凄い。

例えば、ギースが水が欲しいという話をする。

その後で、ごくごくと水を飲むテルセナや、海を見る魔族の少年を描く。

断片的なシーンなのに繋がっているように見える。

他にも、キシリカが魔眼で見ることで、家族を描写するのも自然だった。

見る→見たものという動線がはっきりとしていて自然である。

脚本の意図を理解して、

見やすいようにシーンを構築したアニメ制作陣もさすがである。

 

 

オンリー

エリスの「目覚め、一歩、」にグッと来た。

まず、早起きするだけで感動する笑

 

エリスの影を見せて、自分への自信の無さを示していると思う。

エリスの汚れた足元を見せることで、努力する気概を示していると思う。

そして、風でフートが外れ、エリスの顔の全貌があらわになる。

可愛かった印象だったエリスが、覚悟と共に髪を切り、

かっこいい印象に変わった!

 

 

第一クールED「オンリー」をもう一度聞いて欲しい。

エリスの為の歌詞である。

 

 

魔族の少年と巡礼者(?)を対比

第11話で、ルイジェルドは魔族の少年を助ける。

にもかかわらず、スペルド族だと分かると魔族の少年に恐れられてしまう。

 

 

第23話で、ルイジェルドは巡礼者を助ける。

今度は、スペルド族だと言っても感謝された。

呪いが消えかかっていることが分かる。

また、自分から勇気をもってスペルド族だと名乗った。

自分の力で一歩目を踏み出した所にグッと来る。

 

 

我々に語りかけてくるザノバ

「またお会いできると信じておりますぞー!」

ザノバが画面の奥の我々に向かって宣言している。メタい。

二期やりたいというアニメ制作陣の意志を示しているのだろうか。

 

 

ちょっとたくましくなったテルセナ

テルセナちょっと逞しくなってない?気のせいかな。

毎日素振りをして、筋肉がついたのかもしれない。

エリスやルディーのおかげで、

しっかりと鍛錬をするようになったミニトーナとテルセナが描かれる。

 

 

エリスの描き方、ロキシーの描き方

今までエリスは、子供を描く感じで描かれてきた。

エリスを性的に描くのは、ルディー視点のときだけだと思う。

というか、無職転生における性的描写の殆どはルディー視点の時だけである。

この性的描写はルディーを批判的に見て欲しいから、敢えて強調しているのだと思う。

 

23話のエリスは、かっこいい感じで描かれた。

エリスの覚悟が伝わってくる。

 

 

私は絵描きじゃないから詳しくは分からないが、

全編通してロキシーは性的な描かれ方をされている気がする。

なぜ、このような描かれ方をしているのか?

今後の布石だと思う。

 

 

アイシャが怖いよー

アイシャ&リーリャとパウロの再会が描かれた。

アイシャは迷わず、パウロの胸に飛び込んだ。

リーリャはパウロの顔を見ると涙を流す。

 

 

アイシャは「感動の再会を演出してやったぜ!」という顔でリーリャを見ている。

ルディーが迷った末に出した解を、瞬時に導き出し、再会を演出する。

アイシャの行動が合理的すぎて怖い。

 

 

自己否定

今までの無職転生では、前世の男にとって、

外の世界がいかに苦しい場所であったのかを描いてきた。

第2話では、この部分が散々描かれた。

 

「環境が悪かったから、俺はダメだったんだ。」

表面上はそう思っている。

そう考えるしか自分の心を守るすべがなかったから。

しかし、心のどこかで自分のせいだと考える自分がいる。

 

周りは手を差し伸べようとしてくれていた。

母親も、父親も、兄弟も、兄弟の娘も。

方法は間違っていたかもしれないが、自分を慮ってくれていたのに。

下の階からは、優しげな一家団欒の声が聞こえる。

外の世界には、厳しさと同じくらいの優しさがあったかもしれない。

なのに、俺は一歩を踏み出すことができなかったんだ。

そう考えてしまう。

 

ルディーの自己評価が低い理由はここにあったのである。

自己評価が低いからこそ、ルディーは必死に頑張るのかもしれない。

 

 

母の目によって、ルディーの生が肯定された。

これによって、ルディーは一つとなってもう一度誕生し、

再び立ち上がるのであった。

 

 

第1話を見たとき、不自然な所で切れているなーと思った。

実は、第1話ラストのモノローグが第一期全体への謎かけになっていた。

このモノローグへの回答を、23話において示した。

第一期だけで一つの物語になっていて、凄いと思った。

 

 

雪の中を必死に歩くルーデウスの後ろ姿

ラストシーンで、雪の中を必死に歩くルディーの後ろ姿が描写される。

自分の力で必死に生きている様が伝わってくる。グッと来た。

我々を置いて行って、どこかへ行ってしまうようで悲しかった。

いつまでも、ユメの世界に浸ってはいられない。

我々も「現実」と向き合わねばなるまい。

 

 

ネタバレあり感想

ここからは、ネタバレあり。

アニメのみ視聴勢はここまで。

ここまで読んでくれてありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作勢が涎を垂らして喜ぶ描写

ゼニス周りの表現は、原作勢に向けた描写だった。

ゼニスは『転位迷宮』の奥底で眠り続けている。

この夢は、ルディーの夢であると同時に、ゼニスの夢でもある。

ゼニスが見ている夢をテレパシーで送ったのかもしれない。

 

 

「指に紡錘が刺さって、姫は死ぬ代わりに、百年間眠り続ける。」

指を裁縫針で刺す描写は、『眠り姫』のオマージュであった。

コメントで気づいた。気づいた人凄い!

 

 

「支度が出来たら起してくれると助かるわ。」

というセリフだけ、明らかに浮いていて怖い。

ゼニスもルディーも描かず、

まるで遠くから聞こえてくるかのような違和感がある。

 

 

ルディーがちょっと俯瞰した感じで描かれているのも、

ルディーとパウロのやり取り、ゼニスやアイシャがキラキラ光っているのも、

これが、ゼニスの夢だからである。

 

 

「大好きよ。」と言うとき、ゼニスの口が動いていない。

この夢がテレパシーかもしれないことを暗示している。

 

 

なぜ、この夢でルディーは「現実」と折り合いをつけられたのか。

ルディーは自分を転生者であり、生きる資格も気概もないと考えていた。

しかし、ゼニスが肯定してくれた。

ルディーの精神体にとっては、ゼニスはただの「ゼニス」である。

しかし、「ゼニス」にとっては、

ノルン、パウロ、アイシャ、リーリャと同列の大切な家族であった。

血の繋がった、愛おしい息子であった。

二人の顔が同時に映るカットがある。

あら、そっくり!

 

また、うたた寝していたゼニスを一瞬起こしたのは、

娘の存在と息子とパウロの声であった。

家族を心配する母の愛によって、

ゼニスが一瞬だけ起きて、落ち込んだルディーにメッセージを送る。

グッとくるね!

 

ルディー以外の目から、ルディーが肯定された。

これらによって、ルディーは自分自身を肯定できたか分からないが、

「現実」と折り合いをつけられたようである。

 

 

山脈の向こうでは

ED終了後。

赤竜山脈を超えた向こう側。

ラノア魔法大学では。

フィッツ、アリエル、ルークらがルディーについて話していた。

この人たちが出てくるってことは、二期がありそう。

 

 

ちなみに、ザノバはなにやら雪景色の中を進んでいる。

また、アリエル一行がいる地域も雪景色である。

さらに、ルディーも雪の中を進んでいる。

この三組がラノア魔法大学で再会することを暗示しているのかもしれない。

 

 

第二期(3,4クール)の内容について考える

無職転生』で語るべきことを、もうほとんど描かれてしまったんじゃないの?

いやいや、描かれていない部分がまだあるよ。

 

ここからは、第二期について考えていることをグダグダ語る。

 

 

ルディーは、すれ違いに定評がある。

これを調律してくれるのが、フィッツという存在だと思う。

学園篇ですれ違いがピークを迎える。

フィッツが勇気をもって、

通り過ぎようとするルディーの手を掴んでくれる。

これによって、ルディーはすれ違いから解放される。

 

 

ルディーは、この世界で本気で生きて行こうと決心する。

これは、異常ではないか?

自分に置き換えて考えてみて欲しい。

転生したら、初めは楽しいだろう。

しかし、だんだんと寂しくなり、

帰りたいと考えるのではなかろうか?

異世界を「ユメ」だと考えて、「現実」に帰りたいと思うだろう。

異世界を「現実」だと考えて、本気で生きて行こうとは思わないだろう。

ナナホシと対比することで、この部分が描かれると思う。

 

21話が布石になってくる。

ルディーとナナホシの背丈が同じくらいであることが示される。

ナナホシの小ささを強調していた。

この世界に転生して、成長し、「現実」を本気で生きようとするルディーと、

この世界に転位して、身体の成長が止まり、「ユメ」から逃げようとするナナホシ

この二人の対比が描かれるだろう。

 

 

ルディーは、23話時点では、自分視点でのみ前世を思い出している。

前世の両親や兄弟の気持ちを追体験する展開が来るだろう。

 

どうして良いか分からず、ドアを開けられなかった両親や、

天幕に入って来て、ルディーと向き合ってくれたアルフォンスなどが、

布石になってきそうな気がする。

 

原作は、ルディー視点とノルン視点を完全に分けて詳しく描写していた。

しかし、アニメ版はそういう描き方をしない。

同時に、両方の視点が見えるように作っている。

第一期16話、17話のような視線マジック使ってきそう。

マスターが顔を見ろと言ったときのパウロの顔と

ノルンの部屋に忍び寄るときのルディーの顔を比較できるように、

作ってくれるのではなかと妄想している。

どのような描写になるのか。必見である。

 

 

ルディーは転生者としての歪みを自覚していない。

ルディーの肉体は確かにパウロとゼニスの子である。

今回、それを自覚することでこの世界で生きる決心がついた。

しかし、実際は転生者である。この事実は変わらない。

今回は、自分という存在への強い肯定となったが、

場合によっては、強い否定にもなり得る。

「母親が自分を愛してくれたから、生きていいんだ。」

という肯定ではなく、

「息子だから母親と父親は愛さずには居られなかった。」

「でも、自分は本当の息子じゃない。」

「この喜びは『ルーデウス・グレイラッド』が享受すべきものだった。」

「自分が割って入るべきものでは無かった。」

という強い否定にもなり得る。

この辺は、第二期のクライマックスで描きそうだ。

23話はそのための布石にもなっていた。

23話で親子の血の繋がりを自覚させておいて、

それを粉々に粉砕するという鬼畜の所業である。

 

ロキシー、リーリャ、パウロにだけモノローグがあるのは、

青少年期のクライマックスを、他人の目から描くための布石だと思う。

原作では、青少年期のクライマックスで、

ロキシーに前世のことを話すシーンがあったと思う。

アニメ版ではロキシー視点で肯定してあげるという展開になるんじゃないかと思う。

18話も、このシーンの為に作っているのではという気もしている。

ロキシーだけ、ルディー視点以外でも性的に描かれているのも、

青少年期のラストが、ちゃんと共犯に見えるようにするための布石だと思う。

 

ここでも、パウロの死という喪失の後に、子供の誕生という再生を描く。

ロキシーに前世の話をして、前を向いたルディーは、

『ルーデウス・グレイラッド』として、父の子に恥じない生き方をしようと決心する。

 

 

第二期で描かれる内容はこの辺になると思う。

他にも、第二期についていくつか気になることがある。

 

ザノバに着いて言った門番二人が、どういう扱いになるのか気になる。

ジンジャーと一緒に、ザノバに仕える展開になるのかも。

 

 

第一期では、第1話ラストのモノローグへの疑問が、

そのまま第23話に描かれた。

第1話が違和感のある所で切れていたのは、

第1話ラストのモノローグが第一期全体への謎かけになっていたからである。

第二期の第1話では何が描かれるのだろうか?

 

 

アニオリも気になる。第一期は結構アニオリがあった。

第二期でもアニオリがあるかもしれない。

ジュリとの出会いをより詳しくやってみたりとか。

また、ルイジェルドとシルフィーが出会うシーンを詳しく描くかもしれない。

 

 

第一期では、窓ガラスの表現や、身体と精神の対比描写が面白かった。

第二期には、どのような描写があるのだろう。

学園篇は、水描写を使ってくるんじゃないかと勝手に妄想しているのだが……。

はたまた、風の魔術を上手く使ってくるのか……。

これら以外の方法で描写してくるのか。

分からない!楽しみである!

 

 

以上が、第二期で気になる部分である。

第二期も濃い展開になりそうだ。

 

大満足の最終回!無職転生23話!

23話視聴しました。

大満足です!制作陣には感謝しかありません!

見た直後の感想をまとめます。

 

喪失の22話に対して、再生の23話という感じでした。

喪失のあとにはちゃんと再生を描いてくれるのが良いですよね。

フィットア領が再建しようとしているのを描いてくれました。

ルディーのおかげで一歩を踏み出せたキャラクター達を描くことで、

ルディーが生み出したものを描いてくれました。

 

また、原作既読勢だけがニヤニヤできる描写が多くて大満足です。

特に、夢に出てきたゼニスの表現が面白かったです。

ここは、別の記事で熱く語りたいところです。

 

ルディーは「異世界」で本気で生きていくための一歩を踏み出しました。

「現実」に踏み出すことができなかった男が、

自分の足で一歩を踏み出せるまでに成長しました。

小さな一歩かもしれません。

しかし、とても大切な一歩だと思います。

いやー本当に良かった!

無職転生22話「現実(ユメ)」感想後半~「現実(ユメ)」とは何か?~

この記事は、どうせユメ物語。妄想に決まっています。

一人間が考えたくだらない解釈を楽しんでくれ!

23話を見た後だと、自信がない!

 

まだ、言語化されていなかったり、

自分の中でしっくりこない部分があるので、

分かりづらいかもしれません。

メモみたいなものなので、悪しからず。

この記事とは別に、分かりやすくまとめた記事をアップする予定です。

 

ED解釈は間に合いませんでした。

まとまったら、別の記事に書きます。

 

目次です→

 

公式サイト→

 

 

 

現実とユメとスクリーン

こちらをご覧ください!→

kanuokun.hatenablog.jp

 

 

現実(ユメ)とは?

 

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問題をややこしくしているのが、

「ユメ」と「現実」の多層構造である。

「ユメ」と「現実」が複雑に絡み合っているために、

どっちが「現実」で、どっちが「ユメ」なのか分からなくなるのが、

22話の難しい所である。

特に冒頭のシーンは、解釈しようとすればするほど混乱してくる。

まさに、悪夢である。

 


ルーデウスの身体にとっての「ユメ」はただの「悪夢」である。

ルーデウスの身体にとっての「現実」は「異世界」である。

前世の男、つまりルーデウスの精神にとっての「ユメ」は「異世界」であった。

ルーデウスの精神にとっての「現実」は「前世の世界」であった。

視聴者にとって、「ユメ」は「前世の世界」を含む「アニメ」全体である。

視聴者にとっての「現実」は「アニメ」の外にある。

 


異世界」はルーデウスの身体にとっては「現実」であり、

ルーデウスの精神にとっては「ユメ」である。

「アニメ」はルーデウスにとっては「現実」であり、

視聴者にとっては「ユメ」である。

このように「現実」と「ユメ」が複雑に重なり合っている。

これこそ「現実(ユメ)」が表すものである。

 


「アニメ」を考えると複雑なので、

いったん「ユメ」としての「アニメ」は考えないことにする。

メタという章で語る。

 

 

「現実(ユメ)」とは、

ルディーが求めていた(我々視聴者も求めていた)

理想の幸せ、理想の異世界像を表していると思う。

 

解釈1

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悪夢で描かれたこと

二通り解釈できると思った。

 

一通り目は、死へのトラウマである。

悪夢の前半、ルディーはボレアス家のパーティー会場にいた。

窓がスクリーン代わりになっている。

窓の内側は「ユメ」であり、窓の外側が「現実」である。

窓の内側は、ルディーが(我々視聴者が)求めていた、理想の「異世界」であり、

ルディーが必死に積み上げてきたものである。

窓の外側は、死と隣り合わせの危険な「現実」だと思う。

 

死への恐怖とは、積み上げてきたものを一瞬で喪失することへの恐怖である。

この恐怖は、「異世界」を「現実」だと認識し始めたから生まれるものである。

異世界」を「現実」だと認識し始めて成長したともとれるし、

異世界」の少年時代の思い出に、執着しているともとれる。

 

二通り目は、ルディーの転生者としての葛藤である。

夢の内容は全てルディーの内面である。

悪夢はルーデウスの後ろめたさが見せたものだと思う。

悪夢の冒頭シーンでは、ユメの世界に居るルーデウスを、

現実の世界からオルステッドや視聴者が見つめているという描写になっている。

また、悪夢の後半のシーンでは、ユメを求めて手を伸ばす前世の男が、

後ろから自分に刺されて胸に穴ができる。

その穴から、オルステッド。つまり、死や現実が覗いているという表現であった。

これは、何を示しいているのか。

異世界という現実でみんなと一緒に生きたい!」と考えるルディーと、

異世界はユメであって、そこで生きる資格はお前にはない!」と考えるルディーの、

無意識による葛藤を端的に描いているとも捉えられる。

 

解釈2

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22話で描れたこと

無職転生が苦手な人も結構いる。

Amazonのレビュー、ブログ、ヨウツベの感想動画、2chなどを見て、

苦手な理由は大きく二点あることが分かった。

 

一点目は、主人公に感情移入できないからという理由である。

元ヒキニートであり、セクハラや屑な行動が目立つ。

よって、感情移入できないため嫌いであるらしい。

 

 

二点目は、結局は「なろう作品」じゃないかという理由である。

確かに、魔術や文字を習得できたのは転生者であるが故である。

転生者の特典と言えなくもない。

努力をしているが、才能があるのも事実である。

ちゃんと、理由があるにせよ結局みんなにモテモテのハーレム状態だし。

彼の周りには良い人たちばかり。

結局、前世よりも環境が良いし、二度目の人生だから、

上手く行っている節もある。

それよりも、現実を本気で生きる物語を見たい。

という考えである。

 

「現実(ユメ)」というタイトルには、

これらの疑問が隠れている。

転生者の歪みと、

異世界で生きる」=「逃げ」かもしれない、

という部分に真っ向から向き合っている。

 

なぜ、現実とユメの対比に拘ったのか?

身体と精神体で「異世界」の捉え方が違うことを示したいからだと思う。

精神体は「異世界」をどこか「ユメ」だと思っている節があった。

ルディーがどこかゲーム感覚で達観しているなーと感じたことはないだろうか?

 

例えば、第5話の人攫いのシーン。

「もしかしたら、本当に人攫いにあったのかもしれない。」

そう考えた時点で、エリスを改心させる作戦は捨てるはずである。

しかし、どこかゲーム感覚が抜けないルディーは、

作戦を続行し、死にかける。

 

例えば、第11話でのルイジェルドとの衝突。

同様に、ゲーム感覚で作戦を考えており、

子供のキャラクターが一人が死んでしまう。

それを、ルイジェルドに責められる。

 

 

大切なものがどんどん増え、死による喪失の恐怖を知るにつれて、

異世界」が「ユメ」から「現実」に変わりつつある

同時に、精神体と身体が徐々にシンクロして行っている。

精神体の瞳がルディーと同じ緑色になっている。

これは、徐々に精神と身体が同化していると解釈できる。

22話の悪夢の後半、ルディーは前世の世界に戻る。

この時、部屋の外が「ユメ」である。

今まで前世の部屋のシーンでは外が「現実」の象徴であったのに、

22話では外が「ユメ」の象徴になっている。

これが、1話から21話にかけて、ルディーの変化した部分である。

ルディーがだんだんと、異世界を受け入れ出しているという事だと思う。

ちょっとずつ体と精神体が融合しつつあるという示唆でもあると思う。

杯とワインは色々な象徴になっていた。

杯が心、ワイン=血=身体と考えると、

最後に杯がワインに入っていったのは、

身体と心の融合を表していると解釈できるかもしれない。

また、ラストでルディーは初めて心の底から泣く。

ロキシーとの別れでも、

パウロとの再会でも、

ルイジェルドとの別れでも、

どこか達観していて泣かなかった。

それは、ルディーが転生者でどこか他人事であったからである。

しかし、22話のラストでルディーは泣いた。

こじつけかもしれないが、泣くというのは身体性を感じさせる行為だと思う。

ルディーの少年時代というのは、常にエリスと共にあった。

エリスに捨てられるというのは、

ルディーの少年時代全てを喪失したことと同義である。

積み上げてきたものが一気に崩れるような喪失感を経て、

初めてルディーは異世界の人間になれるのかもしれない。

 

 

ちなみに、成長したとは言っても、

「現実(ユメ)」に立ち向かっているのではなく、

「現実(ユメ)」にしがみついているような印象を受ける。

「現実(ユメ)」で生きたいという思いの裏側に、

「現実」から逃げたいという思いがあるのかもしれない。

「現実(ユメ)」で生きていく決心を固めるのは、まだ先の物語なのかもしれない。

 

解釈3

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解釈4

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メタ

無職転生」は他の「なろう作品」と同じく、

「現実」から逃げたいとう願望から作られた、「ユメ」であると言われることもある。

22話ではその疑問に真っ向から取り上げて演出に昇華していると思う。

 

22話で語られたことは、そのまま視聴者にも当てはまらないだろうか。

現実を一時忘れるためにアニメを見ている視聴者もいるのではないだろうか。

 

22話で語られて、「異世界」への疑問は、

そのまま、「アニメ」やへの疑問でもある。

 

無職転生は日曜日の24時(月曜日の0時)から始まる。

ちょうど、休日と平日の境目である。

無職転生という「アニメ」そのものが、

「ユメ」と「現実」の境目に放送されるのも面白い。

 

無職転生はルディーに感情移入させるのではなく、

ルディーを通して、視聴者が様々な感情や解釈ができるように作られている。

ルディーというキャラクターを通して、何かを見せようとしている。

スクリーンの表現にこだわるのも、そこに理由があるのかもしれない。

 

「アニメ」で語られていることは、作り物なのに。

それでも、「アニメ」に憧れる我々はどう生きれば良いのか?

無職転生はルディーを通して教えようとしているのだと思う。

 

我々は、ルディーという小さな窓から「アニメ」を見る。

その先にあるのは、暗闇かそれとも美しい青空か。

それは、まだ我々には分からない。

 

この部分はED解釈で詳しく語ろうと思う。

「情熱」と「読みやすさ」は反比例する!

ちょっと時間が空いたので、自分のブログを読み返してみた。

冷静に見返してみたら、かなり酷い笑。

こんなものを人様に見せてもいいのだろうか笑

 

「てにをは」がおかしい。

誤字脱字が多い。

内容が整理されていない。

主語がねじれている。

主語が分かりづらい。

修飾語がどこにかかっているのか分かりづらい。

タイトルのパンチが弱い。

冒頭のつかみが下手くそ。

表現がくどい。

二重表現も多い。

文と文の因果関係が曖昧。

読みづらいブログのお手本のようであった。

 

なぜ、こんな読みづらい文章になってしまったのか?

理由は二点ある。

 

一点目は、純粋に文章が下手くそである点である。

読みやすい文章を書くのは技術である。

読みやすいと思ったブログや本を真似て、

ちょっとずつ技術を習得したい。

 

二点目は、「情熱」がありすぎるという点である。

「情熱」があればあるほど、自分の世界に入ってしまう。

他人の目からどう見えるのかについては二の次になってしまう。

推敲することの大切さを実感した。

ちょっと時間を開けてから、推敲する癖をつけたい。

純粋を求める。毒を求める。

漫画やアニメ、小説に欠かせない要素の一つがキャラクターである。

我々はキャラクターに何を求めるのか?

キャラクターのどのような部分に心惹かれるのかで、

人間は二種類に分けられると思う。

「純粋を求めるタイプ」と「毒を求めるタイプ」の二種類である。

 

「純粋を求めるタイプ」は、

高潔、一途、美しさ、美徳をキャラクターに求める。

自分自身が淀んだ存在であるからこそ、

淀みなき美しさに憧れる人達である。

人間の淀みなき美しさが、

人間の本当であって欲しいという祈りがある。

 

 

「毒を求めるタイプ」は、

人間臭さ、複雑、醜さ、欠点をキャラクターに求める。

人間の淀みを見て、リアリティーを感じ、

人間の本当を見た気になって、満足する人達である。

どちらかというと、私は毒を求めるタイプである。

 

 

こっからはグダグダと書くので、

そういうの読みたくない人はここまで。

読んでくれてありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

具体的に、ありがちな物語を挙げて考えてみようと思う。

魔王を討伐する勇者の物語を考えてみた。

シチュエーションを説明するのに前置きが長くなってしまった。

悪しからず。

 

怒号。嗚咽。燃える家屋。鉄の味。

魚が腐ったような死臭が全身に纏わりつく。

正義も悪もない。ただひたすら敵を切ってきた。

 

勇者は何のために戦っているのか分からなくなった。

勇者は、久しぶりに故郷に帰りたくなる。

故郷に帰り、旧交を温める。

大きくなった幼馴染のヒロインとも再開する。

勇者はこの人たちの幸せのために戦っているのだと再認識する。

 

翌日早朝、勇者は誰にも気づかれないように、静かに故郷を出て行こうとする。

それに気づいた幼馴染のヒロインが追ってくる。

幼いころ、勇者はヒロインをこの村に一人残して旅立っていった。

前回の旅立ちでは、ヒロインは勇者が好きであったが、

思春期であったため、恥ずかしくて告白できなかった。

ヒロインは何らかの事情により勇者を追うことができない。

(ヒロインは戦争で夫を亡くしており、幼い子供が一人いる。

勇者と再会して、勇者を未だに愛していることを再確認する。

という展開を考えたかが、この時点で毒寄りなので止めた。)

 

ここで、勇者を見送るヒロインに何を言わせたいか?

 

純粋を求めるタイプだったら、

「わたくしは、ずっとあなたをお慕い申し上げておりました。」

「お体には気を付けて。」

「風邪を引かないようにマフラーを編んで来ました。」

「いつまでも、お待ちしております。」

「待つことが私の戦いです!」

的なことを言わせたいだろう。

自分の身を顧みない一途さが好みなのだと思う。

おそらく、勇者は自分の決心を周りに伝えずにいた、

にもかかわらず、それに気づいて、マフラーを編んでくれたのもポイントが高い。

(マフラーって一日で編めるものなのか……?)

 

毒を求めるタイプだったら、

「どうして、私はあなたを愛してしまったの!」

「愛さなければ、あなたが居ない時間を悲しむことも無かったのに!」

「それでも、私はあなたを愛してしまうのだわ!」

「だから絶対に帰って来て!」

的なことを言わせたいだろう。

出発する勇者を差し置いて、

自分のことばかりであるヒロインに人間味を感じる。

毒を求める人間にとってはセリフの言い方も良い。

愛への疑問と、苦しみながらも愛そうとする強い意思。

この二つをを感じさせてくれるのでポイントが高い。

 

 

 

勇者一行はついに魔王に戦いを挑む。

次々と、魔王の凶刃に死んでいく仲間たち。

残るは、勇者と戦士だけになった。

ちなみに、戦士はヒロインの父親であるという設定。

ラストで、戦士は勇者を庇って死ぬという展開になるとする。

 

 

戦士をどういう風に死なせるだろうか?

 

 

純粋を求めるタイプは、

キャラクターが、高潔に死んでいくのが好きである。

 

純粋を求めるタイプはこんな感じになるのかなーと思う↓

 

戦士の胸には穴が空いていた。

鎧は血だらけである。

「ここまでお前の為にと思って頑張ってきたが、ダメみたいだな。」

戦士は、そのギラギラと光った眼を勇者に向けた。

「この国を頼んだ……!」

血まみれの手が虚空に伸びる。

勇者はその手をぎゅっと握り返してやる。

「お前の命は絶対に無駄にしない!」

戦士はにやりと笑ったかと思うと、ごぼっと血を吐いた。

戦士の手がするりと勇者の手から零れ落ち、瞳から光が消えた。

 

 

毒を求めるタイプは、

死にゆく瞬間に、

人間の本当が見えるのが好きである。

 

毒を求めるタイプはこんな感じになるのかなーと思う↓

 

戦士の胸には穴が空いていた。

「俺はもうダメだ。」

戦士はぎゅっと目をつぶったかと思うと、

鬼気迫る顔で勇者を睨みつけた。

「お前の為に、俺たちは死ぬんだよ!」

血まみれの手で勇者の肩を万力の様な力でぐいっと引き寄せた。

「だから、お前にはこの国を治める責任がある!俺たちの為に!」

勇者は戦士の手の上に自分の手をかざした。

「後のことは俺に任せろ。お前の娘も俺が面倒を見る。安心しろ。」

戦士ははっと何かに気づき、遠くを見つめて、自嘲気味な笑みを浮かべた。

「ああ……。死にたくないなぁ……。」

その瞬間、瞳から光が消えた。

 

 

私はバランスが大事かなーと思っている。

純粋と毒どちらかが欠けても嘘になる。

また、どちらかの濃度が高すぎても嘘になる。

 

現実に高潔な人間などほとんどいない。

むしろ、人間という存在が高潔ではないからこそ、

高潔なキャラクターを描いた作品が売れるのである。

 

また、現実の人間に複雑もくそもない。

殆どの人間は、刹那的に行動している。

国語の授業でやるような、

こういう心情だったからこういう行動をとったという因果関係が成立するのは、

現実世界では稀である。

また、相手や場によって、いくつもの顔を持つのが普通の人間である。

人間はとても不確かな存在だと思う。

人間に本当などというものはないかもしれない。

 

普通の人間は、並外れた高潔さも複雑さも持ち合わせていない。

だから、純粋も毒も濃すぎると嘘に見えてしまう。

 

純粋と毒の配分をしっかりと制御すべきである。

純粋も毒も少なめにして、あっさりめに仕上げるのか。

あえて純粋や毒の濃くして、こってりめに仕上げるのか。

私はラーメンもキャラクターもあっさりめが好きである。

こってりしたキャラクターを見ると、疲れる。

 

個人的には、読者や視聴者がしっかり考えないと、

純粋と毒が見えないようなつくりにしてある作品が好きである。

無職転生22話「現実(ユメ)」感想前半~表現中心~

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無職転生19話「ルート選択」視聴しました。

原作WEB版のみ既読です。

 

「現実(ユメ)」というタイトルやED、悪夢の解釈は、

もう少し時間がかかりそうなので、別の記事に書きます。

 

「それぞれのキャラクターにとって、この旅がどういうものだったのか?」

という部分に関しては、23話の感想ブログにてまとめます。

 

この記事では、表現方法を中心に感想をまとめます。

ニコニコで視聴しました。

コメントで気づいたことも一緒にまとめます。

 

 

目次です→

 

 

公式サイトはこちら→

ONAIR | TVアニメ「無職転生 ~異世界行ったら本気だす」公式サイト

 

 

 

シーンによってシンボルが象徴するものが変化するのが面白い。

例えば、ワインの表すものがシーンによって全然違う。

悪夢におけるワインの沁みは死を思わせる。

また、流れるもの、つまり時間の流れを思わせる。

ルディーが杯を落としたシーンでワインが零れるシーンは破瓜を思わせる。

エリスとルディーが一つになるシーンでは、包容力や癒し、温かみを感じさせる。

 

杯もまたシーンによって見え方が全然違う。

穴が空いた心を思わせるし、

生命や身体を思わせることもある。

理性の象徴にも見えるし、

性の象徴にも見える。

 

 

今回は、これらの表現方法を中心に感想を書く。

 

 

時間の表現

悪夢のシーンで、時間が巻き戻っていく描写が面白かった。

 

血が杯に帰っていくことで時間が巻き戻っていることを伝えた。

 

また、秒針の音と共に画面全体が時計回りに回転する。

画面が時計回りに回転するということは、

アニメを見ている視聴者が反時計回りに回っているということである。

視聴者が反時計回りに回ることで、

時間が巻き戻ったことを伝えていた。

 

悪夢から覚めた後、画面が反時計回りに、

つまり、視聴者が時計回りに戻ることで、

「現実(ユメ)」に帰ってきた。

 

 

手にする愛……

OPが「旅人の唄」に戻った!

第一話にも出てきた変な鳥が飛んでる。

帰ってきたんだ!

しかし、空は厚い雲に覆われている。

情景描写により不穏さが醸し出されている。

OPの曲調はアレンジされており、不気味である。

「手にする愛」という歌詞のあと、曲がぶつっと切れて終わる。

しかも、「あい↘」と音程が下がって終わる。

不穏さがより醸し出されている。

 

 

無表情

今までも、無表情を利用した演出は多かった。

今回もルディーが無表情であることが多かった。

ラストの号泣を活かすためだと思う。

ラストでルディーが初めて泣くシーンがある。

このシーンを強調するために、無表情を多めにしたのかなーと思う。

 

今回、ルディーはほとんど無表情であった。

にもかかわらず、感情があるように見えるのはなぜだろう?

情景描写やシチュエーションに秘密がある。

例えば、故郷に帰ってきた後の回想シーン。

このシーンにおいて、ルディーはずっと無表情である。

どんよりと曇った天気はルディーの心象風景にであり、

ルディーがネガティブな感情を抱いているように見える。

また、ルディーは馴染みの場所と記憶を関連付けてゆく。

 

パウロロキシーに訓練してもらった庭だ。」

「シルフィーとの待ち合わせの目印にしていた木だ。」

 

思い出が、馴染みの場所と共にリプレイされる。

ルディーが通り過ぎるとリプレイが終了して、幻が消える。

 

これらの工夫によって、

故郷の現実をこの目で見た苦しみを、

ルディーが感じているように見えるのである。

 

ルイジェルドとの別れのシーンでも、

ルディーは無表情である。

どんよりと曇った天気はルディーの心象風景に見える。

隣にいるエリスは、泣きじゃくっている。

エリスは感情をストレートに表に出すキャラクターとして描かれてきた。

対して、ルディーは内に抱え込むタイプである。

隣にエリスがいることで、

ルディーはエリスと同じくらい悲しいのに、

ぐっと我慢しているように見える。

ルディーが大人びて見える。

 

「見える」というのが大事である。

ルディーはおそらく若干の達観と諦めをもって接している。

対して、視聴者はルディーが壮絶な苦しみを背負ったキャラクターに「見える」。

演出のあるべき姿だと思う。

 

これは、20話に出てきた、

ロキシー人形の設計思想に似ている。

ロキシー人形も、表情は同じであるにも関わらず、

しぐさとシチュエーションによって、

表情を変えるという部分が似ている。

 

他の回でも、情景描写や無表情を上手く使った演出がある。

例えば、21話の冒頭でも心象風景を使っていると思う。

19話のOPでは無表情によって、ルディーが何か思い悩んでいる風に見せている。

例を挙げたらきりがないので、

是非、探して見て欲しい!

 

(このように、見る人の感情や解釈を制御する効果を、

 専門用語で「クレショフ効果」というらしい。

 「クレショフ効果」を利用して、

 カット同士の相互作用や衝突によって

 見る人の感情や解釈を制御する理論を

 専門用語で「モンタージュ理論」というらしい。

 ただ、私は名前なんてどうでも良い。

 名前を知っただけで、分かったつもりになりたくない。

 まだ理解できたかあやふやなので、ちゃんと理解したい。)

 

ゼニスと燭台

やっとの思いで帰ってきた故郷は、

転位災害によって跡形もなく消し飛んでいた。

ルディーは故郷での日々を回想する。

ゼニスの回想の後、幻が消えて現実に戻ってくる。

記憶の中のゼニスが居たテーブルの上には、

火の消えた燭台が横たわっている。不穏である。

 

 

ロキシーとのお別れと、ルイジェルドとのお別れ

ロキシーのお別れシーンと、

ルイジェルドのお別れシーン。

後ろを振り返らず去っていくシーンが似ている。

 

ロキシーからもらったミグルド族のお守りを、

ルイジェルドに渡したところに関係性がある。

どちらも、ルディーにとっては大事な人である。

それ以外に何か関連性があるのだろうか?

考えてみたが、分からなかった。

 

 

揺れる心と杯

杯は、思慮分別を象徴することがある。

杯がゆらゆらと揺れるのは、

自分の良心が揺れ動いている様を描いていると思う。

杯が傾むいて、ワインが零れるのは、

理性が欲望を上回りかけた様を描いていると思う。

杯が落ちるのは、

欲望に身を任せた様を描いていると思う。

 

 

杯とワイン

ルディーとエリスが一つになるシーンでは、

杯とワインはそれぞれの性を表しているように見えた。

 

途中で杯が飛び跳ねている表現があった。

下世話な妄想で申し訳ないのだが、あのシーンで、

 

「ここ?」

「違うわ!もうちょっと上よ!」

 

みたいなのを想像してしまった笑

そして最後はすぽっと入って、ゴールイン!

二つの魂はは一つに溶け合って、幸せな夜を過ごしましたとさ。

めでたしめでたし。

 

個人的には、ここで蝋燭の火を入れてこなかったのは意外だった。

蝋燭の火を使った色々な表現があるんじゃないかと思っていた。

しかし、蝋燭を入れてしまうと明るくなってしまう。

そうすると、現実にぶち当たった苦しみとか、

後ろめたさが表現できないのかなーと思った。

また、現実の暗さと過去の明るさを対比する意図もあったのかなーと思っている。

 

どうやったら、蝋燭の表現を入れられただろうか?

例えば、一線を越えようとするシーンで、

ふっと蝋燭が消えるという表現はどうだろうか。

ただ、それだと象徴することの意味が変わってしまうのか……。

うーむ、上手く行かんもんだな。

こうゆうの考えるのって難しいんだなー。

制作陣に感謝しかない。

 

 

男女逆転

杯は、男性よりも女性の象徴だと思う。

普通、女性が杯を落とすという表現になるんじゃないかと思う。

ルディーとエリスの関係が、

普通の恋愛関係とは違うことを表しているのかもしれない。

ちょっと分からない。

 

 

心を満たす

杯がワインに入っていった。

これは、男女が一つになるという意味だけではない。

色々な解釈があると思う。

 

杯を、満たされないルディーの胸の穴だと捉えることもできる。

 

杯がワインだまりに入っていった。

この場合、心が満たされたと解釈することができると思う。

 

また、杯の中にワインが入るのではなく、

ワインの中に杯が抱擁される状態となったと考えることもできる。

この場合、身体による慰められたが、

心の穴を完全に満たされたわけではないと捉えることもできると思う。

 

他にも、ワイン=血=身体の象徴、杯=心の象徴という風に捉えることもできる。

つまり、体と心が一体化したと解釈することもできる。

この解釈は、次回にもつながってきそうで面白い。

こじつけすぎたかな。

 

 

「一線」を越える

ルディーとエリスの濡れ場シーンで、

エリスと、ルディーの間に柱が一本立っていた。

この柱は、理性の象徴では無いかと思う。

柱とキャラクターの距離感で、

どれくらい理性が働いているのか表していた。

最後は、柱を超えてエリスを押し倒し、

「一線」を越えた。

 

 

ルーデウスが捨てられたと思い、

とぼとぼと歩くシーンで、紫の花が映る。

有識者がコメントで説明してくれていた。

ありがたい!

花の形状は「ミヤコワスレ」、

それ以外は「ワスレナグサ」の特徴に似ているんだとか。

花言葉については、それぞれで調べてみて欲しい!

 

 

初めてちゃんと泣く

ルディーは、

ロキシーとの別れのシーンでも、

パウロとの再会シーンでも、

ルイジェルドとの別れのシーンでも、

泣かないキャラクターであった。

 

今まで、ルディーは絶対に泣かないキャラクターであるという部分を

対比によって表現してきた。

ロキシーとのお別れシーンでは、

隣に号泣するパウロとゼニスを描くことで対比させた。

パウロとの再会は、ロキシーの再会にて、

ロキシーの号泣シーンを丁寧に描くことで対比させた。

ルイジェルドとのお別れシーンでも、

隣に号泣しているエリスを描くことで対比させた。

このように、ルディーは泣かないキャラクターとして描かれていた。

 

ルディーは、21話のラストで初めてちゃんと泣いた。

転生者であったため、ルディーは大人びていた。

それが、21話のラストでは子供のように声を出して泣いている。

前世の男という心と、ルディーという体が、

シンクロしたことを表しているのかもしれない。

ルディーという人間がこの世界に産声を上げた瞬間である。

喪失という通過儀礼を経験することではじめて、

ルディーはこの世界の人間になれたのかもしれない。

この辺の描写は第4クールでまた語ることになると思う。

 

 

余談

なんだ、この感覚は!

遥かな高みから私を見下ろしているような感覚。

 

「このシーンはこれくらい分かったんだね。及第点だ。」

「このシーンの解釈は間違えているね。もうちょっと頑張り給え。」

そう言われているような感覚に襲われます。

 

一つ一つの描写に意味が詰め込まれすぎていて、

どれだけ考えても、アニメ制作者の手のひらの上であるかのような感覚に陥ります。

 

初めて、進藤ヒカルと手合わせした塔矢アキラの感覚に似ているのかもしれません。

今の自分では絶対に敵わないという絶望感と、

「こんな強敵がいたのか!」という興奮と憧れを感じます。

 

 

22話の感想前半はここまでです。

23話が始まる前に、なんとか感想後半を書き終えたいです。